アフリカと中国

2010年にエチオピアのMeles Zenawi首相が、スピーチを行っている。

「アフリカの最も致命的な疾病は、マラリアでもなければ、HIVでもない。貧困という名の病気は、この大陸の最大でもっとも致命的な疾病である。」

が有名なスピーチだ。

「我々が強いられてきた貧困との戦争に立ち向かう為には、その戦いに既に成功をおさめた国から学ぶのは、アフリカ人の我々にとって至極当然なことであり、この面で中国国民ほどうまくやり遂げたものはいない為、そのやり遂げたことを学ぼうとするのは、我々にとって至極自然なことである」と、同首相が出席者に向けて語り掛けた言葉に、中国の貧困脱出協力に対する厚い信頼と期待を込めていたのだろう。

と続いている。中国とアフリカはかつて戦友の様な歴史があった。

アフリカの民族独立解放運動に対し、1949年に建国したばかりの中国は、その時、極貧の状況にいながらも、それを支援し、アフリカ諸国独立後も、様々な無償援助活動を行った。

この様な絆が歴史を作っている。

初ベルト

大晦日のIGFでは、メインイベントで石井が藤田に勝利。

IGFのベルトを手にした。

小川の後に台頭してきた、柔道出身の格闘家。

小川が築き上げたものを一瞬で抜いていった感がある。

上野恩賜公園

上野恩賜公園(うえのおんしこうえん)は通称「上野公園」・「上野の山」と呼ばれる。

江戸時代初期、この地は津軽、藤堂、堀家の屋敷であったが、江戸幕府 三代将軍 徳川家光が江戸の鬼門を封じるために、天海僧正に命じてこの地に寛永寺を建てた。寛永2年(1625)のこと。寛永寺建立が上野恩賜公園の始まりだ。

その後大きな変化もなく幕末を迎えるが、慶応4年(1868)の彰義隊と官軍の戦争により寛永寺が焼失し、一面焼け野原と化した。

荒れ果てた姿のままだったが明治6年(1873)1月の大政官布告により公園に指定されたことから公園地となった。

やっぱり上野と言えばここ、上野公園。台東区の歴史が沢山詰まっている。

無断送信

中国最大の検索エンジン百度の日本語入力サイトで、使用するとパソコンに入力した全ての文字情報が同社のサーバーに送信されることが分かったらしい。

変換の性能を高める目的というが、情報漏えいの可能性は高く、大変厄介だ。

そもそも予測変換そのものが、別な語句を入力したい時に煩わしく、あまり私は好きではない。

台頭する20前後格闘家

最近、20歳前後の格闘家の活躍が目立つようになってきた。

昔は格闘技そのものが今ほど沢山の選択肢がなく、他のスポーツをやってから格闘家に転向するパターンが殆どだった。

それが今は、格闘技ジムのジュニア部門も充実しており、幼いころから最新のトレーニングを積む環境が整ってきている。

格闘技ブームも以前に比べると下火になってきているが、レベルの高い闘いは常に進化を続けている。

引退

アーツがついに引退した。

といっても、キックからの撤退であり、IGF等のリングに上がる可能性があり、それはそれで楽しみだ。

噂される小川との対戦が望まれる。

ボンヤスキーもラストマッチを終えた。

K1という一つの歴史が終わった感がある。

フグ、アーツ、ベルナルド、ホースト・・・

思えば豪華な時代だったと思う。

レベルの高さ

フィギアスケート日本男子のレベルの高さは驚異的だ。

海外の有力選手たちが「代表争いが世界一大変。僕は日本人じゃなくてよかった」と口をそろえて言うほど。

いつの間に、ここまで台頭したのだろう。

たった一つのミスで順位が入れ替わる熾烈な戦い。

フィギア男子から目が離せなそうだ。

乗客数

通勤・通学ラッシュは殺人的なものがある。

東京の地下鉄の年間乗客数で言うと、東西線がトップ。4億8,495万人だという。

次いで日比谷線、千代田線、丸ノ内線。

その後に続くのは銀座線、有楽町線、半蔵門線、大江戸線だ。

大きな駅で乗り入れがない地下鉄は厳しい。

 

 

 

夢の対決

ロッキーVSレイジングブル? シルベスタースタローンと、ロバートデニーロがボクシング映画の最新作でダブル主演をしている。 来年4月に日本でも公開される様だ。 往年のライバルボクサーが、30年の時を経て再戦するというものらしい。 67歳のスタローンと、70歳のデニーロがボクシング対決をするというのも凄い。 ロッキーザファイナルからもだいぶ時間が経っているけど、まだまだそんな事ができるのは恐ろしいエネルギーだ。

http://www.dafhashovua.org/